母がコロナ渦で詐欺に遭った。ごっそりやられた。

こんにちは。ジブンゴトライターのさくらです。
関東から静岡に嫁ぎ、子育てが一段落したところです。
今日は、私の母の話をします。

離れて暮らす母に電話する

 私は30年近く、85歳の関東にいる母と離れて暮らしている。何度も静岡で一緒に暮らさないかと持ちかけてきたが親子とはいえ別の人格であるし母が結婚、子育て、祖母の介護をしてきた実家の土地を離れることは人生をリタイアすることに等しいのではないかと考え今も別居だ。

母が暮らす家から最寄りにある関東の某駅

 母は料理が得意で、街に買物に行ったり友達と食事をしながら手作りの総菜やお気に入りのお菓子を交換することを一番の楽しみとして生活していた。ところが昨年春以降コロナ蔓延に拍車が掛かり、友人との交流や外出機会がめっきり減った連休明け前後より母のメンタル面の不調が発現した。それを察知した私はこれまで以上に電話連絡の回数を増やしたり、地元の心療内科受診の段取りを整える等、出来ることはやっていたつもりであった。

 ある日、いつものように電話を入れると母の言動が奇妙だった。

「まだ〇〇(私の長男の名前)が戻ってこないの。夕食を支度して待っているのに遅くなるなら遅くなるで電話の一本くらい出来ないのか」と苛立ちながら話している。

 長男は既に成人して我が家を離れて静岡県内で独り暮らしをしているが、一昨日荷物を取りに我が家に寄って会話を交わしたばかりなのだ。

「纏まった休みで4泊、こっち(関東)に居るんだってね。同期の田中さんていう人と一緒なんだね。でもお母さんには内緒だって。黙っていてね。お金がどうのこうの」等という。

 私はここでピンときた。長男は職場の人間関係に恵まれてはいるものの同い歳の仲間が居ないのが残念だと常日頃私に話していたからだ。同期入社の親しい人は居ない。しかも金銭の話をするとは。(ただ、独り暮らしで経済的に苦しいこともわかっていたので一瞬だけ長男に疑念を抱いた自分も居たが。)

「ママ、絶対に〇〇には言わないから、大切な事だから私に教えて」

 最初は口を割らなかった母だが徐々に事情を話し始めた。事の次第は以下の通り。

 いわゆる「オレオレ詐欺」の手口で固定電話に電話が入ったのだが耳の不自由な母は内容の理解が不十分で確認の為として思わず孫の名前を相手に伝えてしまったうえ、自分の携帯の番号もご丁寧に教えたとのこと。母の携帯に何度も電話が入り、言われるがままに郵便局に足を運び出金し、奴らの指示のまま、指定場所に自ら出向いて現金を渡したのだった。手口は実に巧妙で、1回目は実家のすぐ近く迄、犯人は徒歩で受け取りに来ていた。使い慣れているタクシー会社のタクシーを手配するように指示し領収書授受の指示も出ていた。

 その度に違った受け子だったようだが母曰く「〇〇(長男)に雰囲気がよく似ていてどの子も話しやすく感じの良い若者だった」(そりゃ感じが良いに決まっているだろッ)
しかもiPadを使い〇〇(長男)だとうそぶき、楽しそうに会話をする動画を母に見せていた。別人の動画だが視力も聴力も低下している母はすっかり信じ込んでしまった。全く疑いは無かった、と今でも話す。

 母と固定電話で会話しながらも、スマホ片手にすぐさま長男に連絡を入れて、今どこにいるかと尋ねたところ「静岡にいるよ」と返答あり。

「すぐに帰ってきてっ!」

 関東に住む私の従妹に協力を要請し、念のため母の郵便局の通帳を確認してもらった。独り暮らしの母は軽度の物忘れはあるものの認知症ではない。日常生活動作も金銭管理も自立しているため親族に通帳を開示することに拒否するかと懸念したが自分でも何か異変を自覚したのかあっさり見せてくれたのが幸いだった。

従妹「さくらちゃん、通帳から何回かまとまった金額を引き出しているよ、おばちゃんやられたよ。すぐにこっちに来た方が良いよ。おばちゃんも混乱しているから」と従妹。

 既に22時を回っていたが、犬猫を動物病院に預け(幸運なことにかかりつけの動物病院の先生が電話に出て下さり受け入れてくれたのだ。感謝)、職場の上司に事情を伝え、夜中に長男の運転で長男・次男と私の三人で関東に向かい、到着したのは日付が変わった2:30過ぎであった。

 なんと母は起きていた。孫たちに「お腹はすいていないか、ビールでも飲む?美味しい餃子が有るの」等という。この時点でも状況を今一つ理解しておらず、思いがけず娘や孫に会えたことに嬉しそうなのだった。

今後の相談をする

 従妹が既に警察に連絡してくれており、翌日は事情聴取と現場検証を終え、地域包括支援センター、市役所に出向き介護申請等に時間を割いたので疲労困憊していたが、やらなければならないことが残っていた。 今後の母の処遇や金銭管理についての相談だ。

 私も長男も高齢者に携わる仕事をしているので高齢者の心理や声掛けのスキルが身についている、筈だった。長男と相談し母に複数の選択肢案を出して自己決定させようとした。

  • 案1)施設入所
  • 案2)静岡に来る
  • 案3)金銭管理を他者(第三者機関)又は娘である私に任せる。

 上記から母に選んでもらおうと決めた。母が選んだのは私に金銭管理を任せる方法であり、こんな状況下になっても住み慣れた土地を離れる選択肢は一ミリも無かったのだ。

 ここで一件落着したように見えたのだが夜になり、やはり通帳やカードは渡したくない、もう絶対大丈夫だと主張し始めた。独り暮らしが長いので、有事の際に頼りになるのは金銭だと考えているのだ。説得を続ける中で母の形相が変わり大声を出した。

「(私が金銭管理をしたがるのは)自分の取り分(相続額)が減るのが嫌なだけだろうッ?」

 私は一人っ子で、他に相続する子供は居ない反面、全ての事を独りで決めなければならない立場だ。お金が嫌いな人は居ないだろうし残ってくれればありがたいが、今回事件に巻き込まれたとは言え母の身体に危害が及ばなかったのは不幸中の幸いであったと思っていたし、持っていかれてしまった金額に驚きはしたが、もともと母のお金だ。口車に乗ってしまう程、コロナ渦において母は孤独や不安感にさいなまれていたのだと考えることが出来ていた。
 しかし、母のこの一言で私の心の中で何かがプツンとキレるのを実感した。

「人がどれだけ心配したと思っているのよ!」と反論の一言を口に出してしまい涙が出てしまったのでその場を離れた。

 母の希望通りの人生を歩まなかった一人娘の結婚生活や孤独感、未亡人生活の長さ、それは十分わかっていたので声を荒げたことはこれまで一度も無かったが、その時は自分の感情を抑えることが出来なかった。息子が母のフォローをしてくれていたので、その晩私は元の自室にこもり、母の顔を見ることはできなかった。それでも翌日帰路に付く前に、前日の感情を抑えてハグをしながら「気を付けて生活してね。」と声を掛け実家を後にした。母の残りの時間が永くは無いと感じたからだ。

亡き父からのメッセージ

 あれから約半年が経過した。

 結局、主だった生活の通帳とカードは今も母が自分で管理している。
 市の補助で「振り込め詐欺防止」のメッセージが流れる電話機器を取付け、介護申請後に担当してくれているケアマネさんと私とでLINE、定期訪問や見守りカメラの設置、親族の目配りのお陰で母の独り暮らしは継続している。正直毎日ヒヤヒヤだ。

振り込め詐欺防止メッセージの流れる電話機

 見守りカメラで毎日母の姿を確認出来る安心感と引き換えに、少しでも姿が無いと、トイレで倒れてやしないか等考えてしまう別の不安ごとが増えている。けれど、母が人生の殆どの時間を費やした、私の実家である彼女の自宅で最期まで生活することに覚悟を持って付き合うと決めている。
 「親をみる」には個々の家庭や考え方やスタイル、社会の常識、自分の人生等様々な気持ちが交錯するものだろうけれど、たとえ母がある日独りで旅立ったとしても、それは「母の人生のしまい方」と思うことに決めたのだ。

 事件当日の夜、実家に向かう前にドライブスルーでチキンナゲットやポテトを大量に買い込み「こんな遅い時間にポテトとか食べるのは大罪だね」と話しながら眠気と戦った時間、久しぶりに長男と次男と私、親子三人揃って食べたジャンクフードはとても美味しかった。

 重ねて言うが母は歳相応の物忘れや同じ話の繰り返しはあるものの、認知症ではない。コロナ収束はまだ道半ばで在り、ニュースを見れば気持ちが沈むし行動制限も続いている。経済的に大打撃を受けて居る方々も沢山いる。コロナが無ければここまで大きな被害に遭うことも無かった。しかし、それは偶然ではなく、私が母の「人生のしまい方」の方向性の覚悟を決める為に必要な事件だったと思える所まで気持ちは整理が付いた。(勿論、母が動けなくなれば全面的に私の出番だが。)

母の後ろ姿

 そう思うと母に対する気持ちも和らぎ、一日でも長く住み慣れた関東での生活が続くことを心より望んでいる。私は日々の不安やドキドキと向き合おうと決め、心から母を想うことを再確認した。母はあれから憑き物が落ちたように穏やかだ。

 恐らく犯人は捕まらないだろうし、騙し取られたお金も戻らないだろう。決して喜ばしい出来事ではなかったが、不思議と不幸ではなかったように感じる。母に対する気持ちに変化が生じた事や親子三人で夜中のドライブ等、こんなことが無ければ実現しなかった。

 これは予想外に早く天国に逝ってしまった父が私に「ママを頼むぞ」のメッセージと共に、久しぶりの親子の時間をプレゼントしてくれたのではないか、とも思える。それにしては「支払った授業料」は高くついたものだが。

 世間の皆様もどうぞお気を付けください。
 これが「私の家のコロナ詐欺の話」でした。